老舗に学ぶ経営の知恵
IMコンサルタント・中小企業診断士 代表取締役 平松 陽一
経営コンサルタントという仕事を30年近くやってきて、疑問に感じていることがある。それは、現在使われている経営技法は、この50年程度で導入されたものがあり、その殆どが米国を中心とするものの受け売りではなかったかということである。
また、マスコミもカタカナ用語を中心とする経営技法により一時的ブームを作ってきたということがある。リエンジニアリング、ベンチマーク、ISOと言われるものである。
このようなことから、著者は米国主導の経営技法に疑問を感じていたのである。たまたま仕事の関連から、銀座・名古屋・京都などの老舗と言われるところとのお付き合いを通じて、日本の中にも素晴らしい経営のやり方がある。むしろ、米国流の表面的な経営技法に比べれば、百年・二百年と生き延びている老舗の方が当を得た経営をしているのではないかということを感じるのである。
例えば、京都大原口にある山ばな平八茶屋などは、創業1576(天正年間)であり、現在の当主が二十代目である。当然のこととして、戦国時代・明治維新・第二次世界大戦を生き抜いているのである。いつ天変地異・経済混乱があるかわからない。そこで、固定費を低くして何があっても生き延びられる経営姿勢を貫いている。今流に言うのであれば、リスクマネジメントが徹底しているということであり、それも四百年前からである。そこには、生き残るための壮大な経営物語がある。
話は変わるが、最近老舗の人材採用に多くの若い人が群がるようになってきた。一般に、若い人はITなどの先端企業に行くかと思われがちであるが、地道な老舗に人気が出てきているのである。
なぜか、答えは単純である。これまで長い間生き延びてきたのであるから、これから先も生き延びるであろうという安定性がベースにある。
ただ、よくよく若い人の意見を聞いてみると、これまで生き延びてきたのにはそれなりのノウハウがある、それを身につければ今後食うには困らないというチャッカリした本音があるようである。
東京銀座で歴代首相の多くが愛用したことで知られる壹番館洋服店は、現存する中では唯一銀座の一等地で手作りのスーツを作っている店である。最近、同店にはファッション関連の学校から応募が後を絶たないのである。その背景には、ファッション関連の学校の先生が、本格的に洋服作りを学びたいのであれば壹番館以外にはないと言うそうである。
従って、洋服職人として中途半端な職人で終わりたくないと思うのであれば、壹番館を選ぶのは当然のことであろう。ふり返れば、かつては仕事を通して技術だけではなく、社会常識と言われるものまで身につけていくという教え方があった。それがいつの間にか労働の対価としての賃金という合理性だけが独り歩きしてしまったのではないだろうか。仕事を通して、自分を磨く古き良き時代の日本の経営のあり方が老舗には残っているのである。
よく誤解されていることで、老舗では黙って座っていれば常連客が来るから営業活動や新規開拓などは必要ないと思っていることがある。
これは大きな誤りである。絶え間なく営業活動や新規開拓をしてきてから、今日の老舗が存在しているのであり、今後もそうしているから生き延びていくことができるのである。だから、この努力をしていない老舗は消えていくということになるのである。
銀座の社長の皆さんと話した時、「老舗という字は老い舖と書くが、これは正しくない。正しくは、新舗という表現ではないか。」ということである。また、それに続けて本来銀座とは次々と新しいことをやってきた街である。それが止ってしまうならば、銀座ではないと言うのである。
よく考えて見れば、京都で会席料理と言うと刺身が付くというのは今日では常識となっているが、本来言われていた会席料理は川魚料理中心であり、刺身はなかった。
京都は山地にあり、冷蔵庫のない時代に刺身などなかったのであるから当然であろう。京都で刺身が食べられるようになったのは、ここ何十年の間の出来事であるということがわかるのではないだろうか。
にもかかわらず、京都の料理人は、海辺にある産地の料理人によりも今では海魚料理を工夫しているのである。これは京料理の職人達が、独特の料理人の養成課程においてこれまで通りただ先輩から言われたものだけを作っていたのでは自分の腕が上がらないということから、新しいものにチャレンジするということをしてきた結果であると言える。
よく京都は寺の町と言われるが、現実のそれは一面でしかない。神社もあるし、何よりも御所の近くにはキリスト教の同志社がある。また、革新的な考え方を持った学校が多い。このように老舗の多い地域には、新しいものにチャレンジする意気込みで溢れているのである。
もう一つ老舗が生き延びていく上でベースとなってくるものに、当たり前のことを当たり前にするということができるところにあるのだろう。
実は、マニュアル化教育により、表面的にはこのことができるようになってきたが、ところがそのことが日本人を弱くしてしまったのである。
朝、顔を見たら「おはようございます」、買って頂いたら「ありがとうございます」、怒られたら「申し訳ございません」、店内を歩く時は静かに歩く、お客様の質問には親身に答えると言われる類いのものである。
これをマニュアルに書いてなかったから、教えてくれかなったからできない、ということに慣れてしまっているのではないだろうか。
ところが、老舗ではそんなことは通用しない、もしわからなければ先輩に聞く、そして先輩達もその場限りのものではなく、なぜそうしなければならないのかということを親身になって教えるのである。
また跡継ぎについても、一人以外は兄弟に跡をとらせないというところが多いし、組織の中にも入れさせないということを頑固なまでに守っているところがある。
仮に、最初は軽い気持ちで娘を手伝いに入れたとしても、跡継ぎとの間では上下関係が発生するのである。これがやがて組織を壊していくことになるということを代々受け継いでいるために家訓となっている老舗が多い。
老舗では、このように外に対して営業戦略を内に対しては人材を育てて活かす仕組み、そして何よりも経営者を律する家訓に代表される考え方、行動の基準を持っているのである。